教室のベランダから名前も知らない女の子に怪しい視線を送ってしまったあと、僕は気配を消すようにしてうつむいたまま、そそくさと図書室に向かった。

今日は図書委員の最初の集まりがあったのだ。

――午前中、クラスで委員会決めがあった際、僕は図書委員になった。
それぞれの委員が立候補制で、定員より多くの生徒が手を挙げた場合、じゃんけんで決まった。

『はい、じゃあ、次は図書委員やりたい人!』

昨日のオリエンテーションで学級委員長になった男子が進行して、次々と各委員の名前が黒板に記されていく中、図書委員のところでその流れがピタッと止まった。

『だれかいませんかー』
委員長が教室を見渡す。

『おい、お前やれよ』
『イヤだよ、なんで俺が』
『はいはい、こいつを推薦します!』

何人かの男子がふざけあうばかりで一向に挙手する生徒はいない。
図書委員の任期は一年更新。昼休みと放課後に図書の貸し出し業務がある。せっかくの休憩時間を拘束されたくはないのだろう。よほど奇特な人間ではないかぎり。

だからだろうか、そういうことは部活動をしない、ヒマな人間がやろうよという押し付けるような雰囲気がクラス中に漂っていた。

こんなことならもっと早く立候補すればよかった。部活動をするつもりはなかったし、昼休みの教室にひとりでいるのも落ち着かなかったから、図書委員は僕にとって打ってつけだと思っていたのに。

静まった教室で、僕は覚悟を決め、うつむきがちにおずおずと手を挙げた。

『おっ、キター!』
いつもふざけてみんなを盛り上げる男子が声を上げる。
クラス中の視線が自分に集まっているのを感じて胸が苦しくなった。

『よかった。じゃあ――』
委員長がチョークを持ち、図書委員の欄に名前を書こうとしたところでその手を止めた。
『ホントごめんね、ええっと……名前なんだったかな?』

彼の問いかけに、周りからクスクスと笑いが漏れた。
マジメで明るく、すでに周囲の信頼も厚い委員長に名前を覚えてもらえていなかったことへの動揺よりも、みんなの前で自分の名前を答える恥ずかしさのほうが上回る。

ボソッと短く名乗ると、またしても失笑が聞こえた気がした。
それでも、すぐに次の委員の選考となったから、ほっと胸をなでおろす。
たぶんみんなは、こんなやり取りがあったことさえ帰る頃には忘れてしまうのだろう。でも、まあ、なんとか乗り切った。よかった……、図書委員になれて。

僕にとっての図書室は、とても大切な場所だった。
その理由は、まだだれにも話していないけれど――。