「とにかく、私は母様のところへ行くね。ミヅハはお仕事無理しないでね」
「ああ、わかった」

 返事を聞いて、私はミヅハに手を振るとすぐに母様の部屋を目指して廊下を早足で進む。
 中庭を見渡せるT路地にぶつかり、角を曲がったところ直後、ドンと誰かにぶつかってしまい私は足を止める。

「ご、ごめんなさい」

 鼻を押さえながらも女性が纏う甘くて品のいい香りがしたので、もしや朝霧さんではと視線を上げたのだが、そこに立っていたのはとても意外な人物で目を見張る。

「いつきちゃん、おはー」
「……えっ?」
「あらやっだぁ、もしかしてまだおねんねしてる? アタシがわかりますかー?」

 リボンの形に結った髪に煌びやかな装飾品。
 美しい顔に燃える太陽の如く赤い紅をひいた、背の高いこの方は。

「天照様!」

 伊勢神宮の内宮に鎮座し、天のいわ屋のオーナーである偉大なる神、天照大御神様だ。

「良かった、ちゃんと起きてるわね。あ、アタシの美貌で目が覚めた感じ?」

 ウインクした天照様は確かに目が覚めるほどの美しさだが、私はひとつだけ残念なところを見つけてしまった。

「あの、天照様。ここ、おひげが」

 自分の顎を指差して知らせると、天照様は「いやだぁっ!」と触って確認する。

「んもぅ。瀬織津に付き合ってたせいで寝不足だから、チェックし損ねたのね」

 「ああ、恥ずかしい」と着物の袂から電気シェーバーを取り出して剃り残した髭を剃る天照様。
 そう、天照様は女神の恰好をしているけれど、実は男神なのだ。