ふと気付くと、耳触りのいいせせらぎが聞こえていた。
 夕暮れ迫る川縁にしゃがみ込んだ”私”は、硬く大きな岩にぐったりと寄りかかる、緑の肌を持ち甲羅を背負う河童に声をかける。

『これはね、私の幼馴染が作った軟こうなの。あなたにも効くといいんだけど』

 手にしているのは木製の小さな箱。
 蓋を開けて中に入った半透明の軟こうを指につけると、河童の頭頂部、皿に入ったひびに沿ってそっと塗った。

『痛い?』
『……だい、じょうぶ』
『意地を張ってはダメよ。痛い時は素直に痛いと言わないと。ねぇ、ここにいてはまた妖邪にやられてしまうかもしれない。良かったら傷が治るまでうちにいてはどう?』

 念のため、懐にしまっていた布を取り出して河童の頭に巻いてやる。

『でも、今は姿を隠す妖力もないんだ……人の姿に変化もできない』
『平気よ。私の家は村の外れにあるし、ひとりで暮らしているから』

 誰の目も気にすることはないと伝える”私”に、河童はありがとうと蚊の鳴くような声で言うと力なく立ち上がった。
 “私”は慌てて肩を貸し、家路を辿る。
 その道すがら、前方に人影が現れ、警戒する河童に『心配しないで』と”私”は安心するように話した。
 そして、こらちへと手を振る幼馴染の”彼”の名を”私”は呼んだ──。