「龍芳って、誰?」
訊ねる為に声にして、また胸がキュッと切なく軋む。
何かを求めるみたいに、何度も口にしたくなるような衝動が込み上げる中、カンちゃんは私を懐かしそうに見つめながら目を細めた。
「ふるーいふるーいオレの友人さ」
千年以上生きるカンちゃんの古い古い友人ということは、神かあやかしなのだろう。
「ミヅハに似てるの?」
「ああ、似てる。だからさっき、うっかり間違えて呼んじまった。懐かしーいあいつの名前を」
カンちゃんが、強い酒はオレには合わないなと笑うとミヅハが湯呑を手に戻った。
「干汰、ほら茶だ」
「へーい。ありがとうございますよ、若旦那」
湯呑を受け取ったカンちゃんは、少しおぼつかない足取りで今度は豆ちゃんに絡んでいる。
困惑する豆ちゃんを助けるべく夕星さんがカンちゃんを窘めて、朝霧さんは我関せずといった様子でし大角さんとその様子を横目で伺って。
いつからいたのか、部屋の隅には一眼レフのカメラをかまえ、こっそり天宇受売様の舞姿を写真に収める豊受比売様の姿があった。
さっきまでこの楽しい雰囲気の中に自分もいたはずなのに、龍芳という名前を耳にした途端にどこか遠くのものに感じてしまう。
カンちゃんの様子を気にしていたミヅハが、溜め息を吐いて踵を返すと、私をその涼やかな双眸に映した。
ミヅハに似ているというカンちゃんの友人の存在が、なぜか気になって仕方がない。
「龍芳……」
もう一度名を紡いだ直後、世界がぐらりと回る感覚に襲われた。
眩暈だと認識したと同時に、耳に届いていた賑やかな音の一切が全て止んだ。
ミヅハの眉が潜まるのが見えたけれど、それもすぐに暗闇に塗りつぶされてしまう。
何も見えず、何も聞こえず。
龍芳という名が心に刺さったまま、私は意識を手放した。