人である私は普段こちらから出入りすることはほとんどないので、少し高揚しつつ踏み入ると、橋が結ぶ先に目指す宿が見える。
神社仏閣を彷彿とさせる美しい入母屋屋根をかぶり、柔らかな明かりを灯すレトロな二階建ての木造建築。
風格ある佇まいの玄関口に立つ大きな木製の看板には【天のいわ屋】の文字。
その名の由来は、この宿の創設者が遥か昔に籠ったと云われる岩でできた洞窟、【天岩屋戸】からだ、と本人から聞いている。
そう、本人だ。
創設者であり、遥か昔に天岩屋戸に籠った者であり、伊勢神宮に鎮座する偉大な神【天照大御神】から。
天照様が作りしこの宿は、人の世にありて、人の立ち入れぬ宿。
神、あやかしのみが利用できる宿なのだ。
そんな世にも珍しい宿に、人である私は住み込みで働いている。
これには特別な事情があるのだが、そのきっかけをくれたのが……。
「あっ、いつき様、若旦那ですよ!」
宿の入り口、天照様の神紋である花菱紋が大きく描かれた暖簾を背に、雨空を見上げる一柱の男神、天のいわ屋にて若旦那を務める【ミヅハ】だ。