「おふたりさん、お茶をどうぞ」

 色っぽい声が背後からして振り返ると、朝霧さんが丸いお盆を手に微笑んでいた。
 手渡された湯呑から立ち昇る緑茶の香りが鼻をくすぐる。

「この前ね、おはらい町の【翠(すい)】さんで、伊勢茶の詰め放題してきたの。これは深むし茶よ」

 伊勢茶は三重県で生産されたお茶のことで、深むし茶とは、お茶の名前ではなく、煎茶の製造工程にて蒸す時間が一般的なお茶よりも長いものを指す。
 深むし茶は上級茶らしいので、天宇受売様の舞を鑑賞しながら飲むならまた別格だろう。

「朝霧さん、ありがとう!」
「どういたしまして。はい、若旦那も召し上がれ」
「ありがとう」

 ミヅハの礼に「どういたしまして」と微笑むと、朝霧さんは他の従業員にもお茶を配りに回った。

 舞を楽しむ従業員の中には、掃除や飾り付けを手伝ってくれた豆ちゃんの姿もある。
 まだ人型のままで過ごしている彼は、少し興奮した面持ちで瞳を輝かせながら天宇受売様を一心に見つめていた。

 神話で有名な天岩屋戸の前で舞い、閉じこもった天照様の興味を引く手助けを担った女神、天宇受売様。
 今までは演奏者の手配をするのみで、舞う様子を見たことはなかった。
 今回、庭園を気に入ってもらえ、人の身でありながらこうして舞を鑑賞することができるのは本当に幸運だ。

 夢見心地で湯呑に口をつけると、渋みの抑えられたまろやかでコク深い味が広がる。
 なんて贅沢な時間。
 今から猿田彦神社に走り、お賽銭箱にたくさんお金を投げ入れたい気分だ。