「さあ、いいですよ」
「え、私もう隠れられているの?」
「はい。人からは見えませんし、声も聞こえませんよ」
見えないとは言われたものの、私からは自分の体は見えている。
本当に見えていないのかを確かめてみようと木陰から出て、試しに昨夜テレビで見たお笑い芸人の奇妙な動きを真似してみた。
万が一見えていたら恥ずかしいので、遠慮がちに。
が、豆ちゃん以外、誰も私に冷たい視線を向けたりしなかった。
それどころか、若い女性が真っ直ぐにこちらへと突っ込んできて、あわやぶつかりそうになり慌てて避ける。
怖いお兄さんなら、どこ見て歩いとんのじゃワレェなどと巻き舌気味に言いそうな勢いで、むしろそれが私の姿が見えていない証拠となった。
「凄いね豆ちゃん!」
「ありがとうございます!」
ここまで完璧に姿を消せるなんて、これは人に悪戯するあやかしの気持ちが少しわかるかも……なんて邪な考えが過った直後、豆ちゃんが「さぁ、術が解けないうちに」と御手洗場へ駆けた。
どうやら術の効果は長くないようだ。
私は小走りで豆ちゃんの後を追い、五十鈴川の畔に設けられている御手洗場に向かう。
雨天のせいか常より若干人の少ない御手洗場でも、参拝者に私の姿は見えていないようで、手を洗い清める人々の少し後ろに立った。その直後。
──シャンと、いくつもの小さな鈴を綴る神楽鈴に似た音が辺りに響き、川縁にぼんやりと橋のたもとが現れた。
曇天の下にあってもよく映える朱色が、みるみるうちに奥へと伸びる。
先ほどまで何もなかった川の上を、まるで虹が架かったかのように。
「さ、渡りましょう」
豆ちゃんが四本の足をスタスタと動かして、趣のある和僑を渡り始めた。