猿田彦様は、口を引き結ぶとゆっくり頷く。
「はい、とても。僕に治癒の力があれば良かったのですが……」
心苦しいとばかりに手で着物の袷を軽く掴んだ猿田彦様に、天宇受売様は「もう」と唇を尖らせ腰に手を当てた。
「例え治癒の力があっても、今の猿田彦くんじゃ危険よ」
その通りだと天宇受売様に共感し、私は二度首を縦に振る。
見える部分は頬より下だけれど、明らかに今の猿田彦様の顔色は悪く覇気もない。
多忙を極め、疲労が蓄積した結果なのだろうが、これでは確かに天宇受売様が癒してあげなければと必死になるのがわかるというもの。
神鶏を使って天宇受売様とやり取りを交わしていた夕星さんは、特にその切実さを理解しているのだろう。
美しい微笑みを浮かべると、「そうですよ」と物腰柔らかく頷いた。
「女将のことは心配なさらず、どうぞ天のいわ屋でゆっくりとお過ごしください」
「ええ、ありがとうございます」
少し弱々しくはあるものの、猿田彦様は口元に笑みを見せて疲れを逃がすように息を吐いた。
私が「荷物をお持ちしますね」とおふたりの荷物を受け取ると、夕星さんは一礼して私に接客を託す。
そうしてご案内すべく歩き出そうとした時、ミヅハは私が持つ荷物に手を伸ばした。
「俺が持つ」
きっと、体調を気遣ってくれているのだろう。
特に問題はないのでいつもなら断るところなのだが、今はお客様の前でこれはお客様の荷物だ。
気持ちよく過ごしてもらうための宿で、嫌な思いをさせてしまったり、変に気を使わせては、天のいわ屋の一員として失格。
申し訳なく思いながらも「ありがとう」と小声で伝えると、ミヅハは双眸を優しく細めた。
その表情に、心臓が強く跳ね上がる。