動揺している私たちに気付いているのかいないのか。
神大市比売様は感慨深げに微笑むと、その滑らかな頬に手を添える。
「幼い頃は兄妹のようでしたが、今でも変わらずに共にいられるのはいいことですね」
このままでは「婚姻はいつですか?」なんて聞かれかねないので、私は咄嗟に話題を反らす。
「か、神大市比売様は、須佐之男様と離れて暮らしていて寂しくはないんですか?」
共にいられることを良しとするならば、根の堅洲国に住む夫と離れているのは寂しさを募らせるばかりなのではと思い尋ねたのだけれど、神大市比売様は満面の笑みを浮かべる。
「いいえ、まっっっったく。むしろ楽しんでいますので」
過去最高に力強い声で否定した彼女に、これは余計なことを聞いてしまったのだと察した私は、「そうなんですね~」とだけ返し、この話も早々に終わらせるつもりだったのだが。
「だが、須佐之男さんは寂しがっているかもしれない」
淡々とした口調でミヅハが地雷を踏んだ。
水の流れを読むのは上手いが、空気を読むのは下手らしい。
案の定、神大市比売様の笑みが渇いたものに変わった。
「寂しがるなんてあり得ません。須佐之男様には、最初の妻である奇稲田姫様がお傍におりますから。わたくしは二番目の妻ですので、須佐之男様から特に関心を寄せられてはおりません」
最後の方は明らかに怒気を滲ませていたので、さすがに神大市比売様の心を察したのか、ミヅハは「そう、なのか」と戸惑いがちに相槌を打つとキャンドルの入った紙袋を手にすると、私にチラリと視線を送る。
退散しようという合図なのだろう。
このタイミングでどう切り上げればいいのだと突っ込みたくなったが、腕時計を見るとそろそろ店を出るにはいい時間だった。
何せこの後は赤福へ寄るのだ。
「ミヅハ、大変! 次の店に行かないと休憩時間過ぎちゃうかも」
少々わざとらしくはあったけれど、神大市比売様は気に留めもせずいつもの穏やかな表情を見せた。
「あら、それはいけないですね」
「ごめんなさい、慌ただしくて」
「いいえ。またいらしてくださいね。お買い上げありがとうございました」
上品な所作でお辞儀する神大市比売様に、私とミヅハは頭を下げるとそそくさとおおいち堂を後にした──。