「あっ、忘れないうちにこれ」
本来の目的を思い出した私は、肩にかけた大きめのトートバッグからお土産を取り出してさくちゃんに手渡した。
お土産といっても両親が眠る墓地は同じ伊勢市内にある。
故に、珍しいものでもなく、通りがかりの土産屋に寄ったらさくちゃんの好物であるブランカのシェル・レーヌというマドレーヌを見つけたから購入したのだ。
それと、同じものをもうひとつ、宿で働く甘いものが三度の飯より大好きな”彼”の為にも。
「わぁ、シェル・レーヌ! ありがとう! 今日はご祈祷が多かったから、これできっと疲れも取れるわ」
「良かった。お仕事の邪魔しちゃ悪いから、私はそろそろ行くね」
「ええ、また神様やあやかしさんたちのお話聞かせてね」
「うん。また近いうちに」
手を振り合って別れると、しっとりと濡れた玉砂利を蹴って踵を返し、次の目的地へと足を向ける。
「宿に行くんですか?」
「そうよ。あ、豆ちゃんは御手洗場の方から入ってね。私はまだ参拝時間で人の目もあるから、裏の宇治神社の方から渡るね」
姿の見えないあやかしであれば問題ないが、人間である自分はそうはいかない。
人が川に消えたなどと騒ぎにならぬよう、一度内宮から出て、人目の少ない森から宿に入ろうと考えた。
すると豆ちゃんは、「いつき様!」と私を呼んで軽やかに跳ねる。
「良かったら、僕の力で隠しますよ?」
僕の力とは、豆ちゃんの人を化かす能力のことだ。
本来は、豆ちゃん自身が様々なものに化けるのだが……。
「そんなこともできるの?」
「いつき様の役に立てればと、こっそり修行していました!」
照れたように前足で頭を掻いたその姿に、私の胸の内がキュンと締め付けられた。