ピンと立った狐の耳と、ゆらりと揺れる毛並みのいいふわふわの尻尾。
彼は、箸でうどんを掴む私に「やあ、いつきさん」と微笑みをくれた。
「夕星か。どうした?」
「うん。休憩中に申し訳ないけれど、予約の件で相談させてもらえないかな?」
話ながら宿帳を手にミヅハへと歩み寄る夕星さんは、北斗七星の化身とも伝えられる黒い毛の狐、黒狐というあやかしだ。
天のいわ屋では番頭を任せられている。
彼をひとことで表すならば耽美。
黄金色の瞳を縁取る長い睫毛、陶器のような白い肌。
空の薄明を流し込んだような蒼い髪は、後ろ髪よりも前髪の方が長く、上品な色気がある。
「実は今さっき使いの神鶏から知らせがあってね。猿田彦様と天宇受売様ご夫妻が、明日から一泊の宿泊を希望とのことなんだ」
猿田彦様と天宇受売様とは、内宮からおはらい町通りを抜けた先にある【猿田彦神社】に祀られている二柱の神様だ。
猿田彦様は、天照様の孫にあたる瓊瓊杵様が、天界から地上へ降り立った際に地上世界を案内した神で、人々を良い方向に導く【みちひらき】の神様として崇められている。
そして、その妻の天宇受売様は、天照様が天岩屋に隠れた時にも天照様の気を引くため岩戸の前で踊った女神様。
神楽や芸能、さらには縁結びの神として各地から信仰を集めている。
このご夫婦は、昔から天のいわ屋をご贔屓にしてくれているらしく、春夏秋冬、季節が移ろうごとに泊まりにやってくる……のだが。
「暁天の間は?」
「残念ながら明日は空いていないんだよ。それで、若旦那に相談しにきたというわけさ」
「なるほどな……」