「姫さん、体調はもういいのか?」
背の高いカウンター用の回転椅子に腰を下ろすと、隣に座るカンちゃんがお茶の入った湯呑を手に首を傾げた。
「うん、今のところ問題ないかな。眩暈もないし。心配かけてごめんなさい」
椅子を回し、体ごとカンちゃんに向けてから頭を下げる。
続けて、ひとつ空けて更に奥の席に座るミヅハにもようやく「昨日はありがとう」と礼を言えた。
厨房の方から醤油の香りがほんのりと漂う中、ミヅハは横顔だけで「ああ」と答える。
この反応はいつも通りのものなのだけど、やはり結婚うんぬんという前提で見てしまうがために少しひっかかってしまう。
これが噂に聞くマリッジブルーというやつなのだろうかと、まだ正式に結婚するつもりはないながらも悩んでいれば、カンちゃんの能天気な声が聞こえてくる。
「可愛い姫さんが元気ならそれでいいさ。もしまた倒れても、王子様のオレがキッスで目覚めさせてやるから安心してくれ」
「それ安心できないやつね」
ウインクするカンちゃんに即座に笑って返した。
すると、今まで興味なさそうにしていたミヅハがフと息だけで笑う。
「そもそも、頭頂部が皿の王子なんて聞いたことがない」
ミヅハの言葉に、カンちゃんの身体が一瞬固まったのがわかった。
私に向けて浮かべていた笑みを貼り付けたまま、カンちゃんはぐるりと椅子を回りしてミヅハを振り返る。
「姫さんのツッコミはともかく、若旦那? オレのコンプレックスをネタに心臓えぐるのやめてくれませんかね? 水神のくせに鬼か」
勘弁してほしいぜと唇を僅かに尖らせたカンちゃんは、そっとコンプレックスである頭頂部を、草色に染められたバンダナの上から押さえた。