「朝霧さん、お疲れ様です」
「ふふ、お疲れ様。あたしの可愛いいつきちゃんを悩ませるなんて、よほどの伊達男なのねぇ」
「えっ、どうして男絡みの悩みってわかったんですかっ?」
「やだ、本当に男のことで悩んでるの? どこの馬の骨か知らないけど、あたしの目が黒いうちは、いつきちゃんはくれてやらないからね」
眉を険しく寄せ、泣きボクロの上の双眸にはメラメラ揺れる炎が見えるようだ。
朝霧さんは私が母様の元にきてすぐ後に天のいわ屋で働くようになった。
それからずっと可愛がってくれていて、元人間というのもあり、人の世での困りごとはよく朝霧さんに相談していた。
私にとって朝霧さんは、年の離れた姉のような存在だ。
だから、今回の母様の無茶振りについても相談したいところなのだが、今下手に「相手はミヅハです」等と言ったら、水神VS絡新婦の戦いが始まってしまいそうなのでやめておく。
「いい? 男を簡単に信じてはダメよ? 悪質な妖邪や邪神よりも心根が腐ってるやつもいるんだからね」
「き、気をつけます」
妖邪、邪神とは、人を含めた種族に関わらず、害を及ぼす邪悪な神やあやかしのことを指す。
母様の話によると、私が事故に遭った時に見た黒いモヤのようなものも邪神か妖邪だった可能性が高いとのことだ。
実際、現世での不可解な事件や事故は妖邪か邪神のどちらかが関わっていることが多い。
未解決の神隠しも、そのほとんどが彼らの仕業だと聞いた。
それらを解決するため、陰陽師と呼ばれる退魔のエキスパートたちが所属する【司天寮】という名の国家機関あるのだが、現世では限られた者しか知らない極秘機関となっている。
ちなみに、黒いモヤの正体は、当時、司天寮も調べてくれたのだが、今日まで解明されていないままだ。