「か、母様!? 大丈夫!?」

 長い髪がだらりと布団に垂れる。
 慌てて母様の背をさすり、やはり少彦名様を呼ぶべきではとミヅハに相談しようとした時だ。

「うぅ……これは早く……孫の顔を拝まないと……死んでも死にきれないよぉぉ……」

 到底、痛みに苦しんでいるとは思えない、棒読み気味の懇願が聞こえ、私は眉根を寄せた。

「……母様、怒るわよ」
「あらら、演技だってバレバレかい?」
「大根役者も大笑いするレベルでね」

 もうっ!と母様の背中を軽く叩くと、ミヅハも呆れたようで小さく息を吐く。
 母様は悪かったねと大して悪びれもなく口にしながら、体勢を直すと話を再開させた。

「とにかく、婚姻は結んでもらう」

 頼みがあると言っていたのはどうやら建前だったようで、ついに決定事項として言い渡される。

「突然どうして?」

 昨日まで、そんな話は出たことはなかった。
 酔うととんでもない無茶振りをすることもある母様だが、酒の席でも結婚の話など微塵も出されたことはない。

 困惑して眉を下げてしまった私に、母様は愛情をたっぷりと込めた瞳を細める。

「あたしはね、あんたたちふたりで幸せになって欲しいんだよ」

 ふたりに、ではなく、ふたりで。
 私とミヅハが結婚することを母様は望んでいるのだ。

「どうして、私とミヅハなの?」
「それは、あたしから話すことじゃない」

 母様の視線がチラリとミヅハを捉える。
 けれどミヅハは黙したまま、そっと母様から視線を反らした。
 その様子に、母様は苦笑し肩をすくめると、再び私に微笑みかける。

「大丈夫。いつか、いつきにも全部わかる時がくる。きっとね」

 そんな日が本当に来るのだろうか。
 いっそ今ここで全部話してくれた方がとてもありがたいのだが、母様もミヅハもきっと簡単には教えてくれないだろう。
 話す気があれば、今この時、口にしているはずだ。
 けれど、やはり突然すぎて頷くことはできず、私は母様に「少しだけ、時間をください」と願い、部屋から下がった。