「いえ。では、俺は仕事に戻ります」
大角さんは落ち着きのある低い声で言うと、母様に一礼してから立ち上がる。
「大角さん、ありがとう」
「いや……また何か手伝えることがあれば呼んでくれ」
長い尻尾をゆっくりと揺らし、そっと笑みを浮かべた大角さんは、私とミヅハにもお辞儀をして、静かに引き戸を閉めた。
大角さんの大きな体を受け止める床の軋む音が聞こえなくなると、私は手で体を支えながら膝で歩いて母様に詰め寄る。
「原因はなに?」
「大した事じゃないから、気にしなくていい」
微笑む母様に、ミヅハは眉を僅かに顰めた。
「だが、ほぼ同じ頃、いつきも倒れた」
「……そうか」
ミヅハの言葉に、母様は驚かなかった。
まるで、知っていたかのような落ち着きっぷりを疑問に思っていると、母様は「ハハッ」と声に出して笑う。
「親子ってのはここまで似るのかねぇ」
「そんなわけないだろう」
冷静に突っ込むミヅハにまた母様は笑って、私に手を伸ばすと愛しむように頬を撫でた。
「もう大丈夫なのかい?」
「今はもう、特には」
だるさやふらつきは、母様の部屋に入るあたりから大分和らいでいた。
やはり貧血か何かだったのだろう。
意識が遠のいている間に見えたものは少し気になるけれど、それもただの夢だと思えば納得がいく。
「なら良かった。ご両親の墓参りも無事に終わったかい?」
「あいにくの雨だったけど、しっかり手を合わせてきたわ」