大きな荷物を手に騒がしくも去っていく三柱の神を見送ると、ミヅハの手がそっと私の手に絡められる。
「早く、帰ってこれるといいな」
「うん。母様なら、驚異の回復力を見せてくれるよ。ところで、ミヅハ」
「なんだ」
手を繋いだまま、ミヅハが私を優しい眼差しで見下ろす。
「私ね、実は、ミヅハは役目だから私との婚姻を受け入れたんだと思ってたんだ」
「……………………は?」
一転、遠慮など欠片もない極寒の瞳を向けられた。
「え、こわいこわい。睨まないでよ。過去系だから」
「それなら、今は?」
問われて、そういえば直接的な愛の言葉は聞いていないことに気付く。
損得がどうとか、いつきだけでいいとか、添い遂げたいとかそんな言葉はたくさんもらったけれど、肝心な言葉はまだだった。
「大変。プロポーズはしてもらったけど、ちゃんと言われてない」
「……それを言うなら、俺もそうだが」
「え、私はちゃんと恋してるって、言った気がするけど」
「それは状況説明だろう」
突っ込まれ、「あ、そうかも」と笑うと、ミヅハは呆れたように息を吐き、けれどすぐに愛おしそうに優しく微笑んだ。
朝陽を吸い込んで柔らかく煌めく彼の髪が、風に靡く。
「いつき、生涯、俺にはお前だけだ。愛している」
人であろうと、神であろうと、あやかしであろうと。
二度と離れることなく、互いが互いを想う気持ちを大切にしながら。
「命を助けてくれてありがとう、ミヅハ。私も、生涯であなただけを愛します」
誓うと、頬にミヅハの大きな手が触れて、愛しい温もりに瞼を閉じると彼の端整な顔が近づく気配がした……その時。
「姫さーん! どこだー?」
「干汰、いつきさんのことはこれから若女将と呼ぶべきではないかい?」
「あ、そうか。仕事ではそうするか。わーかおーかみー!」
私を探すカンちゃんと夕星さんの声に、私たちは動きを止めた。
どうやら仕事の時間がやってきてしまったらしい。
おあずけとなってしまい、溜め息を吐いたミヅハ。
「仕方ない、行くか」
「そうだね」
微笑み合い、暖簾をくぐる。
そうして私は、伊勢に流れる五十鈴川、穢れを祓いし水神様の妻として、今日も天のいわ屋でお客様をおもてなしするのだった。
-完 -