──祝言が終わり、一夜明けて。
私はミヅハと共に天のいわ屋の玄関前に立つ。
本格的に養生が必要になり、根の堅洲国へと移り住む母様を見送るためだ。
朝陽を受ける母様の後ろには、根の堅洲国へと案内してくれる須佐之男様と、入り口まで付き添うという天照様が口喧嘩をしている。
「アンタは昔からそうやって好き勝手ばかりで、だから嫌なのよ」
「性別を偽って好き放題している兄上には言われたくないな」
「姉上だっていってんだろうが」
おふたりは今回の呪詛による後処理に忙しく、祝言には参加してもらえなかったけれど、ご祝儀だといって大量の酒や食事を用意してくれた。
騒がしいふたりの声を背に、母様が肩をすくめる。
「まったく、何千年経ってもあのふたりは変わらなくて困るね」
溜め息までついた母様に、私はつい笑った。
「……ねぇ、母様。ミツ様、喜んでくれてるかな」
ミツ様が願っていたハッピーエンドをとりあえず迎えられたけれど、彼女が消えてしまったのは猿田彦様が祝詞を唱える前だったと記憶している。
せめて、黄泉の国に私たちのことが届けばいいと願っていると、母様が「そうだね」と、良く晴れた文月の朝空を見上げた。
「前世で結ばれることのなかったあんたたちふたりが約束の一歩を踏み出せたんだ。きっと、喜んでるだろうさ」
母様は微笑んで、視線を私たちに戻す。
「それじゃあ、行くとするかね。ミヅハ、いつき、宿のことは頼んだよ」
「ああ。任せてくれ」
「今日から若女将として、頑張るね。母様、本当にありがとう」
命を繋いでくれて、ありがとう。
母様は何も言わず、ただ私の頭をくしゃりと撫でてから背を向けた。