大丈夫。私たちは共にいる。
 想い合いながらも、離れた場所で命を失った千年前とは違う。
 今度は一緒に立ち向かえるから。

 私は、彼の手を握る自分の手に力を入れる。
 今できる精一杯の力はとても弱いものだったけれど、ミヅハには伝わったようだった。

「いつき、ありがとう」

 ミヅハの目に力が宿ると、呼応するように私を包む神力が強さを増す。

『五十鈴川の川辺にて斎王を想いながら命を失ったあなたと、私の命を救ってくれた優しき斎王の幸せを、私は切に願います』

 ミツ様は愛しみ溢れる声を残し、霧のように消えていった。
 願いを受け、ミヅハの神気が湧き出る。
 瞬く間に噴水のごとく勢いをつけ、滝壺に叩き落すかのように呪詛を押し流すと、千年に渡る枷を私の体から祓い退けた。

『……ち、かせ……』

 主上の……縁の声が聞こえる。
 私の体から追い出された呪詛は、幼い頃に見た黒いモヤとなり、やがて縁の形を成した。

「あなたが……私の両親を殺したの?」

 答えは返らない。
 縁を(かたど)るモヤは、力なくうごめき千枷の名を呼ぶ。

『……永久(とこしえ)に、わたしのものだ。わたしの元に帰っておいで……千枷……』
「縁……ごめんね。私は千枷じゃない……いつきなの。ミヅハも龍芳じゃなく、ミヅハ」

 体がだるいく重い。
 思考もぼんやりとしてきている。
 それでも、最後まで伝えなければならないと、私はミヅハの手を握り横たわったまま唇を動かした。

「ここには、あなたが愛した人はもういない」

 息も絶え絶えに伝えると、縁が何か言った気がしたが聞き取れなかった。
 でも、辺りの空気がとても軽くなったことで、ようやく呪詛が消えていったのは感じ取れた。

 終わったのだ。
 これからはもう、呪詛に怯えなくてもいい。
 ミヅハともようやく婚姻を結べる。

「千年前の記憶とか、想いとか、いろいろ複雑だけど、私が恋をしたのは、龍芳じゃなくてミヅハなんだよ」

 ああ……とても眠い。
 目を開けているのも辛い。

 先ほどの私の言葉は、ミヅハに伝えられたのだろうかと不安に思うも、確かめる余力はなかった。

「いつき……! ダメだ、逝くな」

 耳元で、ミヅハの声が聞こえる。
 私の身体を強く抱き締める力と温もりを感じる。
 母様の声と、天照様の声も遠くに聞こえて、それから……夕星さんの、声も。
 あと少しだけ耐えてくれと懇願するのは誰の声か。
 もう、わからない。
 ただ……あるのは……ひとつの想いだけ。
 ねぇ、ミヅハ……私……あなたを……──。