千枷、千枷と縋る声が頭の中で響く中、視界の隅で辺りに散らばってゆく瘴気を浄化するために力を使う母様の姿を見た。
 母様、無理をしたらダメ。
 口を開き、必死に伝えようと声を絞り出そうとした直後、母様がふらりと倒れて四つん這いになってしまう。

「瀬織津!」

 内宮を穢れから守るため、神域の結界を強化する天照様が叫ぶのを聞いたミヅハが、原因である呪詛を早く祓おうとさらに祝詞を唱えるも、力が足りずにふらついた。

「も……、や……めて」

 これ以上私の大切な人たちを苦しめないで。
 母様とミヅハの命まで、奪わないで。
 フラッシュバックする両親の死に、自らに迫る命の終焉の匂いに、一筋の涙が零れた刹那。
 しっかりと繋がれた私とミヅハの手に、白く美しい手が添えられて包み込まれた。

『恩を、返しましょう』

 聞き覚えのある優しい声。
 温かい微笑みを浮かべたその一柱の神は、ここにいるはずのない女神の姿。
 久しい親友の姿に、母様が泣きそうな顔で「ミツ……」と声を零す。
 ミツ様は母様を振り返り頷くと、ミヅハの名を呼んだ。

『あなたを弱くしているのは恐れという枷。大丈夫、今度こそ守れます。あなたにはその力があるのだから。私が託した祓いの力が』
「先代……」

 ……ああ、そうか。
 ミヅハは神として若いから力が弱かっただけではないのだ。
 そういえば、彼は語っていた。

『前は、非力な人でただ約束を残すことしかできなかった。だが今生は、神として生まれることができた。前よりもずっと、大切な人を守る力を得られたと思っている』

 力を得られたという自覚はあっても、千枷を守れず、残して逝ってしまった後悔が、彼の自信を奪っていたのだ。