「今日は裏からではないんですか?」
「うん、ちょっと友達のところに寄ってからと思って」
「もしかして舞女の?」
「そう、さくちゃんだよ」
舞女とは、ここ、伊勢神宮で朱い袴を穿いている若い女性の呼び名だ。
その舞女として勤務しているさくちゃんこと、岩井桜乃は、中学、高校の同級生で、私の数少ない友人のひとり。
夕暮れ迫る今頃の時刻は、神楽殿での祈祷も終わり、境内の掃除をしているはずだ。
「豆ちゃんは、今日はどうしたの?」
以前、雨の日は濡れるのが嫌だから森からあまり出ないと本人から聞いたことがあった。
実際、梅雨に入ってからこの数日、神宮内でも私の働く宿でも、豆ちゃんの姿を見ない日が続いていたというのに。
訊ねた私に、豆ちゃんは相変わらず忙しなく足を動かして答える。
「お宿にお邪魔したら、瀬織津姫様から、いつき様がそろそろ帰ってくる頃だと聞いて」
「迎えに来てくれたの?」
「はい。最初は裏口の方で待っていたのですが、今日はきっと宇治橋からだと教えてくれました」
だから、本当に宇治橋の方から入ってきたので驚いたと豆ちゃんは目を丸くした。
「わざわざありがとう」
「いえいえ! でも、さすが瀬織津姫様ですね! いつき様のこと、よくわかってて」
「ね。さすが母様。何でもお見通しなのね」
神としての力か、母としての力か。
感服しながら橋を渡り切り、緑豊かな広い参道に敷き詰められた玉砂利を踏み鳴らしながら、天照大御神の和魂を祭る正宮へと至る道を辿る。