「いつき!」

 ミヅハの声に答えることができず、それでも帰ってこられた喜びのまま、必死に彼へと手を伸ばす。
 躊躇なくミヅハが私の手を取ろうとしたけれど、呪詛が抵抗するように弾きにかかった。
 直後、室内に瘴気が立ち込め、低い声が響き渡る。

『 シアワセニナド サセヌ 』

 ほんの少し前に主上が吐いた言葉と同じものに、ミヅハがギリと歯を噛みしめた。

「……縁、お前のワガママに付き合うのもここまでだ」

 バチバチと光が走っても尚、ミヅハは構わずに突破し私の手をがしりと掴む。

「いつき、あと少しだけ耐えてくれ」

 呼吸さえやっとのなか、私がこくりと小さく頷くと、ミヅハは痛みに耐えながら瞼を閉じて息を深く吸った。

「我より湧き(いず)るは清なる流れ」

 詠唱が始まり、ミヅハから溢れ出た神気が水のようにうねり、命を蝕む呪詛を取り除こうと私の体を包み込んだ。

「穢れしもの、(まが)つもの、呪縛の枷を解き放ち、我が名に、おいてっ……速やかに、根の国へ去りいねと、()る!」

 眉根を寄せながら途切れ途切れに唱えられた祓い詞により、私を取り巻く神気も力を増す。
 ミヅハの想いが篭った神気は、私にとっては穏やかに流れる川のごとく優しく、背中を押してくれるような力。
 しかし、呪詛にとっては自身を押し流そうとする激流。
 うめき声を上げ、必死に私の魂にしがみついた。

 その苦しさたるや。
 悲鳴も出せず、ひたすら胸に走り続ける痛みに耐えるも、意識が朦朧とし始める。