悲劇の斎王。
その生まれ変わりであるいつきを見守り、過去を知っている者は多くを語らず、優しく手を引いてくれた天のいわ屋の皆。
いつきとの距離感に惑い、関わり方を変えた俺を誰一人諫めることもなかった。
俺も……いつきを、側で見守っているつもりだった。
忘れているなら、約束に囚われる必要はないと。
だが、俺はもう選んだ。
「いつき、俺はお前と生きていくと決めた」
縁にも、他の神にもくれてやるものか。
「戻ってこい。枷を祓って、終わらせよう」
千枷を囚え、いつきを苦しめる、千年に渡る枷を。
身の内に宿る神力をいつきの意識に繋ぐよう、もう一度「いつき」と名を呼ぶと、悲しみに暮れ、絶望の色を映していた千枷の瞳に力が宿るのを見た。
「干汰さん、大角さん、祠に到着です!」
豊受比売さんが興奮気味に報告をすると、タブレットの映像には強烈な風を浴びる干汰たちの姿。
『おっわ、なんっだこの瘴気!』
頭のバンダナを押さえながら叫ぶ干汰に、大猫姿の大角が毛を靡かせ威嚇するように尻尾を膨らませている。
『千年の間、力をたくわえていたんだろう。だが、それは俺たちも同じだ』
『おうよ! 豊受比売さん! 姫さんの様子は?』
「まっ、まだ意識は千枷さんのところにあります」
『オッケー! んじゃ、ちゃっちゃっと祓ってやろうぜ大角』
『そうだな。早く縁の執着から解放してやろう』
ふたりが祠を挟み込むように立ち、瘴気で舞い散る砂埃を被りながらそれぞれの妖気を膨らませていく。
千年以上生きるあやかしの力は強大で、天照様が感嘆の口笛を吹いた。
「やるじゃない、成長したわねぇ」
ふたりの妖力に勾玉から放たれる瘴気が徐々に押さえこまれるが、あと一押しが足りない。
干汰が舌打ちをし、大角が唸った時だ。
『僕もいつき様のお役に!』
豆吉が妖力を放出し勾玉へと向かわせる。
突如別方向から力が加えられたことにより、瘴気は戸惑うように分散され、隙ができた。
見逃さなかった干汰が祠へと一気に距離を詰め、札を貼りつけた直後、発光。
札から十字を切るように光が放出され、それぞれの先に東西南北を守護する「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」が現出した。
『司天寮っていつもこんなん使ってんのか!?』
干汰が驚愕するのも無理はない。
現れたのは、かつて安倍晴明が使役したとされる式神、十二神将。
その四神の力は、圧倒的な力を持って縁が植え付けた千年の呪詛を鮮やかに浄化し、鎮めた。
『は……祓えたぞ……姫さん! 祓えたぞ!』
干汰の声が喜びに震え、瀬織津姫が「今だよミヅハ!」と叫んで、俺は枷を外しにかかった。