この人は、こんなにも瞳に狂気を孕ませるような人だったか。
 龍芳のことで(たが)が外れた?
 主上は私の前に立つと、腰を折って耳元で囁く。

「君はわたしの為に生まれてきたのだ。龍芳には分不相応。わたしから奪おうなど死罪に値するだろう?」

 恐ろしい言葉に、一瞬、呼吸が止まった。

「し、ざいって……龍芳はなにもっ」

 奪おうとはしていない。
 龍芳はただ千枷を想い、会いに来ているだけだ。
 疲れた千枷を労って、また会えると見送ってくれる。
 離れがたそうな瞳でいても、引き止めたことなんて一度たりともなかった。

 感情が高ぶって、思わず主上の着物に縋り掴んだ時だ。
 袷の隙間に、首から下がる翡翠色の勾玉を見つけた。
 その瞬間、胸が締め付けられるような感覚がして、逃すように息を吐く。

「……縁、様。その勾玉は、もしかして」

 覚えがあった。
 色や形ではなく、勾玉そのものが持つ霊気のようなものに。
 何より……。

「ああ、さすがだな。わかったのかい? これは、君が妖狐の穢れを祓った時に媒介となっていた勾玉だ。君とわたしの思い出の品だよ」

 とてもよく似ているのだ。
 勾玉かにじわりと湧き出る禍々しい気配が、私の中に植え付けられた呪詛の雰囲気に。

「あなたが……私を」

 千枷を、その手にかけるのか。

 言葉にはならず、一歩後ずさると、主上は目つきを鋭いものに変える。

「誰かいるか」
「はい、こちらに」
「しばらく斎王を部屋から出すな」
「は、はい」

 主上はひれ伏す女官を一瞥し、視線を私に戻すと笑みを作った。

「全て終わるまで、ここでおとなしくしているんだよ」

 わたしの斎王。
 うっとりと呼んで、主上は元来た道へと踵を返した。