いつだってエネルギッシュで堂々としている母様が倒れたと聞いて、私は急ぎ体を起こす。
 一瞬、眩暈が襲ったけれど、かまわずに片膝をつくカンちゃんに「母様はどこに? 意識は? 何があったの?」と、矢継ぎ早に問いかけた。

「いや、オレも状況よくわかんないんだけど、オレが見た時は意識はあった。今、大角(だいかく)が離れ座敷に連れて行ってるよ」

 【大角】とは、宿の掃除や消耗品の補充、布団の上げ下げ等、多岐に渡る内務を担当する大猫のあやかしだ。
 身体は大きいけれど心優しく、力仕事では皆から頼りにされている。

「急いで母様のところに行かなくちゃ」
「でも姫さんだって具合悪いんじゃ……」
「そうですよ! まだ動くと危ないかもしれませんし」

 カンちゃんと豆ちゃんの心配そうな眼差しを受け、申し訳なく思いながら私は「もう大丈夫だから」と笑みを浮かべた。
 すると、ミヅハが「干汰」と落ち着いた声で指示を出す。

「豆吉に温かいお茶を出してやってくれ。雨で少し濡れてしまっているようだからタオルの用意も頼む」
「わ、わかった」
「豆吉、いつきのことは俺が見ておくから、心配せずに部屋で寛いでくれ」
「は、はい。いつき様、どうぞ無理はしないでくださいね」
「うん。ありがとう」

 ひとりと一匹が赤い絨毯が敷かれた廊下を進んでいくのを見送ると、私はまだ少しふらつきながらも、どうにかバランスを保ちつつ立ち上がった。
 その様子を見たミヅハは、「そんなんじゃ転ぶぞ」と口にし、スマートな動作で私の背に腕を回す。
 すると次の瞬間、ふわりと足が地面から離れ、私は目を瞬かせた。

「えっ……?」