「寝ぼけてたかも。ごめんね。それで、大変って何かあったの?」
「ああ。もしかしたら、龍芳との逢瀬が、バレたかもしれない」

 鼓動がひとつ、嫌な音を立てるように重く跳ねた。

「誰かに見られていたということ?」
「多分な。それで、オレらが世話になってる宿に手伝いに来てる瀬織津姫さんがかまいたちから聞いた話だと、二日前、縁の野郎がこっちに向かってるのを甲賀のあたりで見たらしい」

 甲賀から斎宮までの距離だと急げば二日もかからないはず。
 風邪のごとく移動スピードの速いかまいたちが二日前に甲賀で見たということは、今日中には主上は到着するのだろう。
 その前に、斎宮内を歩いて少しでも手がかりを探しておきたい。
 それにしても……。

「母様はお手伝いしてるのね」

 この頃は母様はまだ女将ではなく、手伝いをしていたのかと勝手に歴史を感じていたら、カンちゃんが首を捻った。

「母様?」
「あー、うん。ごめんね、ひとりごと」
「証拠は掴まれてないはずだが、しばらくは警護が厳しくなるはずだ。龍芳には大角が伝えに行ってるが、ほとぼりが冷めるまで会うのは控えた方がいい」

 カンちゃんの言葉を受けて、気持ちが重く沈む。
 これは、私の心というよりも龍芳を想う千枷の心がそうさせているのだろう。
 斎宮という檻に閉じ込められた千枷。
 心の拠り所である愛しい龍芳と会えなくなるのは辛いはずだ。

「わかったわ……。主上には、うまく誤魔化してみる」
「ああ、なるべくオレも側にいるけど、縁は都じゃ奇行が多い変わり者って噂もされてるらしいから、十分気をつけるんだぜ」
「ええ、ありがとう」

 警護の様子を見てくると言ってカンちゃんが部屋から出て行くと、胸に圧し掛かる苦しさを紛らわそうと息を吐いた。