「ん……」

 目覚めると、そこは真っ暗な森の中だった。
 夜風に揺れる木々の隙間から、煌々と輝く満月がちらりちらりと顔を覗かせる。

「千枷? 起きたのか?」

 囁く声は愛しい人のもの。
 耳から伝わるのは、愛しい人の鼓動。
 草の上に寝転び、寄り添ったまま眠ってしまった私を、彼は……龍芳は、ずっと抱き締めていてくれたようだ。

「ごめん……私ったら、いつのまに」
「斎王の仕事、忙しいんだろう? まだもう少し眠っててもいいぞ」
「だめよ。せっかく会えたんだもの」

 体を起こして龍芳を見下ろすと、彼は「干汰たちには、本当に感謝しかないな」と微笑んだ。
 本当に、干汰と大角には頭が上がらない。

 主上から斎王になることを命じられた日、干汰は龍芳を呼びに村を出たのだが、大角はこっそりと私の後を追ってきてくれていた。
 斎宮に辿り着いた日、眠れず夜半の月を眺めていると、大角がそっと姿を現したのだ。
 逃げるのならば、手を貸すと言って。

 相手は冷泉天皇。
 逃げても逃げきれる相手ではない。
 それに、逃げれば龍芳にも迷惑をかけるかもしれない。
 だから私は首を横に振った。

『場所は覚えた。次は干汰も連れてこよう』

 大角はその言葉通り、十日後、干汰を連れて斎宮にやってきた。
 ふたりは姿を隠しながら、何度も斎宮を訪れてくれた。
 斎宮での生活は寂しく、皇女ではない故に、女官たちからの陰湿ないじめもあったが、ふたりがいてくれたから過ごせていたと思う。
 そして何より……。

「今夜は満月のおかげで千枷の姿が良く見えるな」

 本来ならひと目見ることさえ叶わないはずの龍芳と、月に一度、人目を忍びながらもこうして引き合わせてくれるのだ。