──声が、聞こえた。
 それは、いつかも耳にした声だ。

『……つき』
「……誰?」

 見渡すと、真っ白な空間にまた声が響く。

『いつき……』

 いつきと聞き取れて、そうだと思い出す。
 あの時も確か、いつきと呼ばれていた。

「違うわ、私は……」

 千枷だと答えようとして、しかし違和感に気付く。

『いつき』

 呼び声の主が誰であるかわかるのだ。
 龍芳のものに似ているが、少し違うようにも聞こえる涼やかな声。
 呼ばれる度に、愛しさが胸の奥から溢れて体中に染みわたる。
 どうして、思い出せなかったのか不思議なほど、自然とその名を呼ぶ。

「ミヅハ」

 しっかりと音に乗せた刹那、『私』の意識が覚醒した。

「……ここは、どこ?」

 あたりには何もない。
 ただ、眩いほどの真っ白な空間が広がっているだけ。
 私は、夢を見ているのだろうか。

『いつき! 聞こえるか!?』

 私しかいない空間に、ミヅハの声が聞こえる。

「ミヅハ! なにこれ、私どうなってるの?」
『お前の意識は今、八咫鏡を通して千年前にいる』
「千年前……あ……そうか」

 段々と思い出してきた。

 前世を鏡で見て、呪詛を祓うヒントを見つけるはずだったのだ。
 でも、突然苦しくなって、恐ろしい声が聞こえて……。
 気付けば、千枷の意識と同化していた。
 まだ人の姿模していないカンちゃんと大角さんと共に暮らし、龍芳と夫婦になる約束をした矢先、斎王になれという主上の命により引き裂かれたのだ。

 状況からして、千枷は間違いなく前世の私。
 というか、ミヅハは以前『幼馴染』という関係しか口にしていなかったので少し驚きだ。

『いつき、早く戻ってこないと危険だ』
「そう言われても、どうやって戻ればいいのか。それに、目的のものはまだ見つかってないし」

 むしろ、呪詛を植え付けた相手が誰なのかもまだわかっていないのだ。
 その人に会い、手がかりを見つけられれば、突破口が開けるかもしれないのに。
 このままではまた、夫婦となる前に引き裂かれてしまう。

「ねぇミヅハ、千枷は誰に殺されるの?」
『……それは』

 ─ モウスグ ワカルヨ ─

 突如、ミヅハの声におぞましい声が重なった。
 クスクスと笑う声が辺りに響いて、ミヅハの名を呼ぶ私の声もかき消される。
 あれだけ真っ白だった景色は、いつの間にか黒に浸食され、私の足元まで闇に染め上げると、意識がぼんやりとし始めた。
 だめ。また意識を渡してしまっては、探せなくなってしまう。
 手がかりとなるものを見過ごすわけにはいかないのだ。
 けれど、どれだけ強く願っても私の意識が再び浮上することはなく、千枷へと溶けてしまった。