「あの……恐れながら、すでに斎王様はいらっしゃいますよね?」
「いるね。だが、彼女に君のような力はない。斎王に仕え、神託を受ける巫女でさえ君には敵わないだろう。適任者がいるというのに、しきたりに囚われて皇女から選び続ける必要などない。わたしは、君の目指す世を作るためにも、君を斎王にしたいのだ」

 主上が提唱するのは、先日穢れを祓った後、私が話した『どの種族も堂々と手を取り合って生きていける世』というものだろう。
 確かに斎王という役割は、神の声を聞き、奉仕することにある。
 しかし、それが私の目指す世に繋がるかどうかは別のような気がするのだ。

 清水村では、村の人たちとあやかしたちはうまく共存出来初めている。
 斎王になれば各地の神やあやかしたちと交流が図れるわけでもないだろう。
 何より、私は龍芳と一緒になり、共に生きるのだ。

「私の力を買っていただけとてもありがたいのですが、私は龍芳と夫婦になる約束をしています。ですから」
「ただの約束、まだ未婚なのだろう? それに、死ぬまで斎王でいるわけではない。わたしが死するか、譲位するまでだ」

 それはいつになるのか、などと主上に聞けるわけもない。
 これ以上断り続ければ不敬とされ、罰せられる可能性もある。

 どう答えれば斎王にならず、龍芳と離れずに済むのか。

「一日だけ、考える時間をいただけますか?」

 とにかく、龍芳に相談をしたい。
 今はひたすら黙って話を聞いている干汰と大角にも。
 しかし、主上は鼻で笑うと地面に指を揃えたままの私の前にしゃがみ込んだ。

「……千枷殿。わかっていないようだからはっきりと言おう。前と同じように接してくれとは頼みはしたが、君はわたしに逆らえる立場にはない。冷泉天皇たるわたしが命を下したんだ。故に、君に用意された答えはひとつだけ」

 考えても無駄。
 私には、斎王になる道しか残されてはいないのだと暗に告げられ、理不尽さに涙が込み上げる。
 けれど、主上の前では泣く事さえも許されない気がして、私は頭を下げた。
 涙は零すまいと唇を噛みしめて堪える。