「私が、斎王に、ですか?」
干汰と大角が気配を消して様子を伺う家の中。
突然の訪問とあり得ない申し出に、私は双眸をただただ丸くした。
斎王とは、天皇の代わりに伊勢の天照大御神に奉仕する役割を担う女性のことだ。
天皇が即位するごとに未婚の皇女から選ばれ、伊勢神宮に赴き、斎宮と呼ばれる宮殿に住む。
そう、未婚の”皇女”から選ばれる。
現在は天皇の異母兄妹である輔子内親王様がその役職に就かれていると聞いたことがあるのだが……。
「私がなんて、そんなのあり得ないです」
「それがあり得るんだよ。君はまるで天照大御神より神託を賜った倭姫命(やまとひめのみこと)のごとく、いやそれ以上の力を持っている。ぜひわたしの斎王になってほしい」
「……わたしの、斎王?」
声に出しながらも、その言葉の意味を私は理解していた。
ずっと黙したまま縁様の後ろに控えていた兼忠様が口を開く。
「縁という名は、主上がお忍びで使用する名です」
「では、縁様は……冷泉天皇様、その人だと?」
「そうなんだ。隠していてすまない」
謝罪するも悪びれた様子のない微笑みを向けられ、私はただ唖然としてしまう。
けれど、すぐに我に返り、慌ててひれ伏した。
「も、申し訳ございませんっ。そうとは知らず大変失礼なことばかり……!」
地位の高い貴族の方だとは思っていたけれど、まさか国の主上とは想像もしていなかった。
五十鈴川の異変を調べる際、生意気な口をきいてしまった気もする。
「あえて知らせなかったんだ。それに、別に千枷殿はわたしに失礼なことは何もしていない。どうか前と同じように接してくれ」
頭を上げてと頼まれて、私はそっと上体を起こした。