「千枷、ありがとう。あなたは命の恩人です」
「これでもう大丈夫ですね」
「ええ。いつか必ずこの恩を返しましょう」
「もう、ミツ様、私が恩返しをしたんですよ?」
「此度のこと、返すには余りあるものです。ここぞという時に、どうぞ頼ってくださいね」

 温かく微笑まれ、これ以上ミツ様のお気持ちを無碍にはできず、私は苦笑しながら小さく頷いた。
 そうして私の役目は無事に終わり清水村へと帰ると、村の入口で縁様たちと向かい合う。

「本当に、それだけでいいのかい? 都に家を用意することもできるというのに」
「いいんです。私はここでの暮らしが気に入っているので。ここで生きていくのに必要なものさえいただければ満足ですから」
「なんと欲のない。それに、都にいてくれればいつでも会えたろうに、残念だ」

 縁様は笑って、米や布は後日届けに来ることを約束し、兼忠様と共に都へと出立した。
 去り行くその御姿を龍芳ふたり見送っていると、「千枷」と呼ばれる。

「なに?」
「怪我が治ったら……共に暮らさないか?」
「それは……以前暮らしていたように、家族として?」

 首を傾げて、隣に並ぶ龍芳を見上げた。
 正直にいえば、今回は少し無茶をしてしまった自覚はある。
 一歩間違えれば危険な目にあっていた可能性だって捨てきれない。
 龍芳には心配をかけたと思うし、目を離せないということで提案してきたのか……と、予想したのだけれど。

「違う」

 龍芳の日に焼けた頬に、ほんのりと朱が差した。
 それだけで、特別な意味を持って言ってくれたのだと悟る。
 嬉しいのに、信じられない気持ちが勝って実感が湧かない。
 だから私はつい「私、もしかして死んでしまった?」と口にすれば、こつんと頭を小突かれた。

「しっかり生きてる。痛いだろ?」
「痛い……」

 頭を手で押さえると、遅れて羞恥がやってくる。
 頬が熱くなり、頭にやっていた手を頬に移動させて包んだ。

「いいの? 私で」
「いいに決まってる。千枷がいいんだ。だから、ずっと俺と一緒にいてくれるか?」
「も、もちろん!」

 元気よく答えると、龍芳は幸せそうなにはにかんで、私の手を取る。

「帰ろうか、家に」
「うん」

 今はまだ、それぞれの家に。
 干汰と大角もきっと心配してるはずだと話しながら、私たちは心を幸福で満たし家路を辿った。

 ──そう、幸せだった。
 数日後、縁様が再び村を訪れる日までは。