暫し待つも、勾玉からは重々しい気配が流れ出ているだけで答えは返ってこなかった。
これだけの穢れを放つのであれば、それなりに力のある神かあやかしが潜んでいそうなのだが、もしかしたら警戒しているのか、手にある札を警戒しているのか。
一度札を龍芳に預けようかと踵を返そうとした時。
『アアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
耳をつんざくような叫び声と共に、辺りが濃い瘴気に包まれた。
それは勾玉を中心に発生し、あっという間に大きく黒いモヤの塊となる。
そして──。
『……シ……イ……』
呻くような低い声が聞こえた途端、私の体は黒いモヤに覆われた。
遠くで龍芳が私の名を呼ぶのが聞こえる。
届くかはわからなけれど「大丈夫!」と答えると、どこからかまた声が聞こえた。
『クル……イ……クイ……ナゼ……』
吐き出されるのは慟哭だ。
落胆、絶望、後悔、そういった負の感情が押し寄せてくる。
けれど、私を傷つけようとはしない。
ただ嘆き苦しむだけだ。
「あなたは、誰ですか?」
問い掛けに声は答えないが、代わりに全てを見せてくれた。
彼はこの近くの村で土地神として崇められていた、黒く美しい毛並みを持つ妖狐だ。
社は常に清潔にたもたれ、大切にされ、だから妖狐は村に生きる人間たちが好きだった。
そんなある日、五十鈴川でおぼれかけた子供を助けたことがあったのだが、乱心をした母親が叫んだのだ。
『狐の化け物がうちの子を襲った!』
黄金色の双眸と揺れる五本の尻尾。
人と変わらぬくらいの大きな黒い体躯は、人々の恐怖を煽った。
運の悪いことに村にはちょうど陰陽師を生業とする者が滞在しており、調伏されかけた妖狐は命からがらこの祠まで逃げ込んだのだ。
悪しきものから村を守って来た。
人々を大切にしてきたのになぜこのような仕打ちを受けねばならぬのか。
なぜ、今自分は死にゆこうとしているのか。
子供を助けねば良かったのかと一瞬の疑念が過れば、ふと芽生えた恨みの念。
それは一気に膨らみ、吐き出した呪詛を勾玉が傍受し……。
『ニクイ……ニクイ……』
体は朽ちても尚ここに残り、穢れを放っているのだ。