親に捨てられた日、じじ様に出会う前に声をかけてくれた心優しき女神様。
 彼女は五十鈴川の水神で、親友からはミツと呼ばれているのだと教えてくれた。
 もう日も暮れて危ないから休んでいきなさいと、私を小さな祠に導いて泊まらせてくれたのだ。

「いや、凄いな。神と会ったことがあるなどと口にした者は清明以外で君が初めてだ。うん、やはり君にお願いしたい。頼めるだろうか」

 米や布、銅貨でも望むものを与えると言われ、いやしくも心が揺らぐ。
 今の生活に大きな不満はない。
 けれど、畑や水田の作物も毎年順調に育つ保証もなく、何かあった時に貯えがあるに越したことはないのだ。
 龍芳にだってお裾分けできるしと、後ろで様子を見守ってくれている龍芳を振り返ると、彼は微笑んだ。

「行くなら俺も行こう」
「いいの?」
「同行しても問題がないのなら」

 龍芳が言うと、縁様は「千枷殿が頼みを受け入れてくれるならかまわないよ」と許してくださった。

「では、龍芳と共にお引き受け致します」

 お役に立てるかはわかりませんが、出来る限り尽力致しますと続けると、縁様が満足そうに頷く。

「うんうん、良かった。ではさっそく参ろうか!」
「えっ、今からですか!?」

 てっきり支度後、明朝に……という流れなのかと思っていた私は思いっきり目を見張ってしまう。
 出発に何の異論もないのか、兼忠様はさっさと入り口に立って縁様を待った。

「馬もある。路銀もある。必要な物はすべて用意してあるから、君たちは最低限の物だけ持てばいい。ということで、半刻後、村の入り口にて落ち合おう」

 半ば押し切られるように笑顔で告げられ、颯爽と去っていくおふたりを、私と龍芳は呆気にとられたまま見送る。