「挨拶が遅れてすまない。わたしは(よすが)という。大内裏に勤める者だ」

 縁と名乗った男性が立ち上がると、大柄な男性も腰を上げ「わたしは縁様の従者、藤原兼忠(ふじわらのかねただ)という。お見知りおきを」と姿勢よく腰を曲げた。

「縁様と、藤原兼忠様、ですね」

 よろしくお願いしますと私が再度頭を下げると、縁様が「さっそくだが、千枷殿に頼みがあってこちらに参ったのだ」と話し始めた。
 どうやら、縁様の縁者が伊勢国に住んでいて、その方から困ったことがあると相談されたらしい。

「何でも、五十鈴川が幾日も濁ってしまっているとか」
「五十鈴川が、ですか?」

 清水村に通る川は五十鈴川に合流する派川だ。
 こちらは特に問題なく川に濁りは見られないので、伊勢湾からの影響ではないのだろう。
 首を僅かに傾げた私に、兼忠さんが頷いて着物の懐から地図を出し、龍芳が普段薬を調合する作業台に広げた。

「方々に馬を走らせ上流から下流まで確かめたが、今のところ内宮より手前、五十鈴川の中流にだけ被害があるようだ」
「その原因に、神様かあやかしが関わっているということですか?」

 尋ねると、縁様が「そうらしい」と口を開く。

「清明……都の陰陽師が言うには、その可能性が高いと」
「そうなのですね。ですが、陰陽師様がおられるのでしたら、私ではなくその御方の方が専門なのでは……」

 陰陽師を生業にする方には会ったことはないけれど、話には聞いたことがある。
 もしも五十鈴川の濁りが悪鬼などになるものなら、私では役不足だと思いそう進言したのだけれど、縁様は笑みを浮かべた。

「伊勢のあやかしらに関しては、千枷殿の方が明るいだろう? 五十鈴川の神とは知己ではないかな?」
「知ってはいますが、幼い頃に一度会ったきりなので……」