失礼のないようにと、少し着崩れた小袖を直し、ぽっかりと開いている入り口をくぐった。

 木と藁でできた窓のない室内は薄暗いけれど、中央に設置された囲炉裏の炎が、囲んで座るふたりの男性を照らしている。
 ひとりは、太い眉を乗せた険しい顔つきの男性。
 大柄な体の腰には太刀が携えられている。
 もうひとりは見目麗しい男性で、滅多にお目に架かれないような上質な狩衣を纏っており、ひと目で位の高い方だとわかった。

 パチリと小さく火が爆ぜる音と共に、ふたりの視線が私へと寄こされる。
 私は慌てて頭を下げ「大変お待たせいたしました!」と詫びた。

「はじめまして。千枷と申します」

 作法などわからず、とにかく自分の中で知る丁寧な言葉を心掛ける。
 すると、くすくすと小さく笑う声がして、何かおかしかっただろうかと頭を上げた。
 笑っていたのは見目の良い男性の方だ。

「あ、あの、何か失礼を?」
「いや、都で耳にした噂とは全然違ったのでね」
「それは、どのような……?」
「伊勢国の清水には、あやかしを従え神々とも渡り合える老婆がいると」
「ろっ、老婆……」

 どこで私の歳がトンと跳ね上がってしまったのか。
 人の口から伝わっていく噂の恐ろしさに苦笑する私の背後で、堪えきれなかったのか龍芳が吹き出すのが聞こえた。