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『ああ、若旦那。高天原から女将と天照様が戻ったようだよ』
夕星から知らせを受けた俺が瀬織津姫の部屋を訪ねると、部屋の扉は少し開いていた。
だから、いつきの苦しそうに呻く声が聞こえて、俺は慌てて扉を開け放ったのだ。
「いつきっ!?」
叫ぶように呼んだ矢先、いつきの身体を禍々しい気配が覆い、瞬く間になりをひそめる。
「ミヅ……」
俺の名を口にしかけ、ぐったりと倒れてしまったいつきを、瀬織津姫が抱き起こした。
その傍らに片膝をつき、俺はいつきの様子を注意深く見ながら瀬織津姫と天照様に問いかける。
「いつきに何があった」
「いつきちゃんの願いを受けて、呪詛を祓うための手がかりを探そうってことでね、八咫鏡で過去を見るつもりだったのよ」
険しい顔でいつきの様子を見下ろす天照様に続き、瀬織津姫もまた眉根に皺を寄せて呟く。
「恐らく、過去の光景と名前に呪詛が反応したんだろう」
瀬織津姫の視線が、いつきから宙に映されている映像へと移された。
つられるように俺も目をやると、そこに映し出された懐かしい景色に思わず胸が締め付けられる。
気のいい河童の隣を歩き、時折笑みを零すいつきによく似た少女。
彼女の名を紡ごうとして、思い止る。
俺が呼べば、いつきの中にある呪詛が何をしでかすかわからない。
前世で与えられていた名は口にしないように気をつけ、意識を失っているいつきの様子を伺う。
「いつき、聞こえるか」
苦しみからは解放されたのか、ゆっくりと呼吸はしている。
だが、呼びかけに反応はなく、瞼すらピクリとも動かない。
それでも、初めて倒れた時のように「いつき」と声をかけ続けていた時だ。
『どうした姫さん』
『声が……呼ぶ声が、聞こえた気がしたの』
過去に生きる彼女が辺りを見渡していた。