自身の置かれた状況が判明した翌日、私の日常は特に変わりなく続いていた。
めまいもなく、痛みも息苦しさもなく、いっそ全て夢でしたと言われても信じてしまえるくらいに、私はいつも通り、天のいわ屋で働いている。
「お疲れさまです」
午前中の仕事を済ませ、昼食をとろうと休憩室に入ると、珍しく従業員が全員揃って箸を手にしていた。
「あれ、今日は賑やかですね」
誰ともなしに話しかけると、カウンター席に座る夕星さんが、箸を置いて代わりに湯呑を手にする。
「たまたま皆仕事が落ち着いたらしくてね」
優雅にお茶をすする夕星さんの隣では、朝霧さんが自分の肩をとんとんと叩く。
長い睫毛に淵とられた瞳に私を映すも、浮かべた笑みは弱々しい。
どうやらお疲れモードのようだ。
「私、肩揉みましょうか?」
「平気よ、ありがと。いつきちゃんは本当に優しいわね。あのおクズ様に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」
おクズ様とは、セクハラ行為を働くあやかし客に対し、朝霧さんがつけた呼称だ。
聞けば、本日チェックアウトしたあやかし【枕返し】が、給仕をする朝霧さんに『あなたの枕を一晩中返したい』としつこく口説いていたのだとか。
「わぁ……それは災難。美しいのも大変ですね」
悩まし気に疲労感たっぷりの息を吐いた朝霧さんに「お疲れ様でした」と労いの言葉をかけると、丸いテーブル席について咀嚼していたものを飲み込んだカンちゃんが「そーいや姫さん」と私を呼んだ。
「女将と若旦那、天照さんと一緒に高天原に出かけたって?」
「あ……うん」
答えて、今朝の光景を思い出す。