確かにもう遅い時間だ。
 寿命のこともあり不安は大きいけれど、母様たちも話が終わるのを待っているだろうし、そろそろ戻った方がいい。
 そう思い、私も立ち上がったのだが、ずっと心のどこでひっかかっていて、今不意に繋がったものの答えをどうしても知りたかった私は、ミヅハの背に「待って」と呼びかけた。

 一歩踏み出した石畳の上で、ミヅハがこちらを振り返る。
 月の光を受けた黒髪が夜風にさらりと揺れた。

「なんだ」
「ひとつ、質問させて。呪詛がミヅハを弾くのは、ミヅハがた……名前を口にできない”彼”だから?」

 これは、単なる勘ではない。
 ミヅハと私が前世で、幼馴染であったこと。
 カンちゃん曰く、ミヅハはカンちゃんの古い友人、龍芳に似ているということ。
 そして、あの夢だ。
 夢の中の河童と同じ傷がカンちゃんのお皿にもあった。
 あの夢が現実であるならば、道の向こうからやってきた幼馴染の彼。
 顔こそ確認はできなかったけれど、彼がミヅハの前世ではないのか。

 夢で見たあの日に、カンちゃんとミヅハの前世が出会っていたなら。
 呪詛が龍芳の名に反応し、ミヅハを弾くのなら。

「ミヅハが”彼”なんでしょう?」

 ──沈黙。
 ミヅハは私を凝視し、月に照らされたまま動かない。
 瞬きすらせず、しかしその双眸には確かに動揺が見てとれる。
 沈黙は肯定とはよく言ったもので、ミヅハはくるりと背を向けると、ようやく「どうだろうな」とだけ答えた。

「その答え方、怪しさ満点だよ」
「答えて呪詛が反応したらどうする」
「いやもうそれ答え言ってるようなもんだし、なんかちょっと心臓苦しいから絶対そうだと思うんだけど」

 ほぼ確定なのだろうけれど、さっきミヅハは呪詛の力を強めてしまうことを懸念していた。
 だから、言いたくても言えないのかもしれない。
 そして、自分が龍芳だとあえて答えないのは、私を守ろうとしてくれているから。