月明かりが降り注ぐ中庭は静けさに包まれていて、ミヅハは石畳の先に続く腰掛に座った。
私もその隣に腰を下ろし、空に浮かぶ十六夜の月を見上げる。
「先に忠告しておく。龍芳という名は、もう口にしない方がいい」
「呪詛の威力を強めるスイッチになっているから、だよね?」
「ああ」
一度目は、カンちゃんから龍芳という名前を聞き、名前を紡いでめまいを起こし意識を失った。
二度目は、ミヅハに向かって声にしたら涙がとめどなく零れ、鎮められていたであろう呪詛が目覚めた。
そして、三度目は心臓に痛みが走り、呼吸がし辛くなった。
まるで龍芳と呼ぶことを怒っているように。
「いたずらに寿命を縮めないようにしてくれ」
「ミヅハは知っていたの? 私の寿命のこと」
「魂を与えていたのは初耳だ。だが、急な婚姻がいつきの寿命に関わっている可能性に気付いて、瀬織津姫に聞いたんだ」
おはらい町を歩きながら神族との婚姻のメリットについて話していた時に、ミヅハが確かめたいことができたと言っていたのを思い出した。
その後、ミヅハは母様の部屋に訪れた時に訊ねたらしい。
『いつきの寿命のために、婚姻しろということなのか?』
『……言っただろう? その時が来たら、ミヅハがいつきを助けてやるんだと』
母様から、私に寿命のことは黙っておけと口止めされたミヅハ。
けれど、私が二十歳まで生きられないとは聞かされていなかったと語った。
「急いた感じはあったが、もう少し猶予があるものと思っていた。だから、俺の頭にあったのは、幼い頃に瀬織津姫とかわした約束が、この婚姻に繋がるということだけだった」
「約束って?」
中庭を眺めるミヅハの横顔に問うと、瞳が懐かしそうに細められる。
「事故に遭ったいつきが一命をとりとめた時、瀬織津姫から言われたんだ。”いつきが成人する頃、もう一度試練が訪れる。その時は、あんたが助けてやるんだよ”と」
「試練……寿命のことかな」
「そうだろうな。婚姻を結んで、いつきの命を助ける。それが俺の役目だ」