「やあ、兄上。ノックしようとしたら何やら騒がしかったのでな。邪魔せぬように入らせてもらったまでだ」
「オイコラ、姉上でしょう?」

 優雅な立ち振る舞いで微笑む一夫多妻制の須佐之男様に、私は慌てて頭を下げる。

「お久しぶりです、一夫多……こほん、須佐之男様」

 うっかり声に出しそうになると、ミヅハの口元が笑うのを堪えるように歪んだ。

「うむ。さきほど宿の方で来月の宿泊の予約をさせてもらったぞ」
「もうじき河崎天王祭ですもんね」

 須佐之男様は牛頭天王とも呼ばれていて、外宮から近い河崎の河邊七種神社に鎮座しており、毎年七月に行われる河崎天王祭の為に天のいわ屋に数日宿泊する。
 いつもふらっと天のいわ屋に赴き、予約をして帰るのだが。

「須佐之男様、遅いとはどういうことですか?」

 婚姻を後にすることについての言葉なのか。
 首を捻る私に、須佐之男様は着物の上の長い羽織を肩からかけ直すと目を細め微笑んだ。

「呪詛は、魂を穢し疲弊させ寿命を奪う。なれば、いつきの死期はさらに早まり明日にも命を」
「須佐之男!」

 天照様の怒号が飛び、一瞬にして室内の空気がひりついたものに変化する。
 しかし、須佐之男様は飄々と笑みを浮かべたまま。

「何かな兄上」
「だから姉上だって言ってんだろうが。それよりアンタ、わざと口にしてるわね?」

 ドスの効いた男声で睨む天照様に、須佐之男様は「その通りだ」と頷いた。

「ここで呪詛に阻まれるは想定外であろう。ならばいい加減、何も知らぬままでいさせる方が酷というもの。いつきには知る権利がある。瀬織津よ、そうではないか?」

 須佐之男様の視線がちらりと母様に向いて、答えを待つように閉じられる。

 ──呪詛は、寿命を奪う。
 私の死期が、さらに、早まる。

「さらに……って、母様、どういうこと?」

 問いかけた声が、震えていた。
 ミヅハには驚いた様子は見られず、静観している少彦名様もまた畳の上であぐらをかいて母様がどう出るのかを見守っている。

 私だけが、何も知らないということなのだろう。

 俯いていた母様は深く長い溜め息を吐くと、覚悟を決めたように顔を上げた。

「仕方ないね。須佐之男さんの言う通り、確かに、こうなっては話した方がいいんだろう」

 そう言って、母様は私の目を真っ直ぐに見つめる。

「いいかい、いつき。あんたはね、二十歳まで生きられないんだよ」
「……え?」

 私は、二十歳まで生きられない。
 死はもう目前という事実に、恐怖がせり上がり声が掠れる。

「ど……して」
「昔、あんたが事故に遭った時、本当はそのまま死ぬはずだったんだよ」

 そうして、母様は過去に起こった出来事を聞かせて教えてくれた。