私の言葉を受け、少彦名様は腕を組むと母様と天照様を見る。

「神域に邪気が入った形跡は?」

 問いに答えたのは天照様だ。

「内宮に入った形跡も出た形跡もなかったわね」

 神域に綻びは見られず、一応外宮と十四社ある別宮(わけみや)も確認したけれど異常は見られなかったと続けて報告してくれた天照様に、ずっと黙っていたミヅハが口を開く。

「では、なぜいつきに呪詛が?」

 普通に考えて、外から入ったのではないとするなら、内に巣食っていたというのか。
 少彦名様は私とミヅハを交互に見ながら説明する。

「考えられるものとしては、どちらか一方、もしくはふたりの間で邪気が発生し、呪詛が発動したのだろう」
「でも、数時間前までは平気だったのにどうして……」

 天河の間の庭を飾り付けしていた時も、猿田彦様たちを案内していた時だってなんともなかった。
 天宇受売様の舞を並んで見ていても発動しなかったのはなぜか。

「じゃあ、発動するきっかけに心当たりはないの?」

 天照様に訊ねられて、違いを探す。
 昨夜、私は何か特別なことをしただろうか。

「夢を見て……目が覚めて」

 曖昧な記憶をはっきりさせようと、口に出しながら確認していく。

「看病してくれているミヅハがうたた寝しているのに気づいて……」

 そうだ。
 ミヅハの寝顔を眺めながら、したことがあった。

「名前を呼びました」

 ミヅハに似ているという、カンちゃんの友の名を。
 そうしたら涙が止まらなくなったのだ。

「名前って、ミヅハのかい?」

 確認した母様に、私はゆるりと首を横に振る。
 違う。
 私が口にした名は。

「龍芳」

 紡いだその名に、ミヅハが瑠璃色の瞳を見張った刹那、強く鼓動が脈打ち心臓に痛みが走った。