「お疲れ、いつき。なんだい、あんた寝てたのかい?」
「そうなの。気付いたらこの時間で」

 少々むくんだ頬を両手で覆うと、先に座った天照様は「これもよろしく」と飲み干した缶を母様の持つビニール袋に入れる。

「あ、私がやるから母様は休んでて」
「これくらい平気だよ」
「いいから」

 母様の手から袋を少し強引にもらうと、私は座卓の上に転がるビールの空き缶を次々と入れた。

「これ、全部天照様が?」
「そうよぉ。夕飯をここでいただいてから飲んでるの。いつきちゃんも飲む?」
「私はまだ未成年なので。でも、あと二カ月もしないうちに二十歳になります」

 そうしたらお酒をご一緒できますねと笑いかけると、天照様は眉を下げて微笑んだ。

「そっか、そうだったわね。飲みましょうね、一緒に、必ず。その為にはまずミヅハと結婚よぉ」
「……飲みすぎだよ、天照の姉さん」

 母様がきつめの口調で咎めれば、「いいじゃないのぉ」と肩をすくめた天照様。
 次はお茶を飲むように告げた母様が、ポットから急須にお湯を注ぐ。
 天照様は仕方ないと笑って、座卓に頬杖をついた。

「にしても、ここは食事も温泉も最高ね。創設時より格段に良くなって、許されるならこの宿にずっと籠ってたいわ」

 天のいわ屋は天照様の作ったお宿なので、天照様のお部屋も離れ座敷にちゃんと用意されている。
 けれど、日本の八百万の神の中でも最高位に就き、皇室の祖先神でもある天照様は多忙を極め、もう何百年も宿の経営は母様に任せ、高天原と現世を行き来しているのだ。