ミヅハは五十鈴川の水神で、正式な神名を【水波能売命(みづはのめのみこと)】という。
 人の年齢に例えると、外見は二十代半ばほど。
 橋を渡り終えた私は、綺麗に敷かれた石畳を進み、差している傘を少し後ろに傾け、口を開く。

「ミヅハ」

 声をかけると、ミヅハはゆったりとした動作で振り返り、穏やかに流れる川底にも似た瑠璃色の瞳に私を映した。

 袖元に美しい模様があしらわれた白い羽織と、淡く鮮やかな藍色の着物。
 襟足の長い青みがかった黒髪が、湿気を含みしっとりと重い風に揺れる。
 端整で、どこか儚さが漂う美しい面差しは、十四年前、まだ子供だった彼と出会った頃からあまり変わらない。

「……おかえり」
「ただいま。何か悩み事?」

 雨をもたらす鈍色の空を眺めていた姿が気にかかって問うと、ミヅハは「別に」とそっけなく答えた。
 ミヅハが私に対し、どことなく冷たい態度をとるのはいつものことで慣れっこではあるのだが、足元にいる豆ちゃんが、私たちのやり取りを心配そうに伺っていることに気づく。
 天のいわ屋の常連である豆ちゃんに気を遣わせてはならないので、私は笑みを作ると「あれ?」と首を傾げ、鞄の中に手を入れた。

「そんな言い方しちゃうなら、これ、私が全部食べちゃおうかな?」

 声にしながら取り出した四角い箱に、ミヅハの目の色が変わる。