「そういえば、雨さんっていくつですか?」
静寂を破ろうと咄嗟に出たのは、我ながらベタな質問だった。下心見え見えだとバレてしまわないか少しひやっとしたものの、それは雨さんの柔らかい反応によって掻き消らせた。
「えっと、ハタチかな」
「あ、俺と同い年か」
「じゃあ、さん付けしなくていいよ?」
「えっ?」
そう言われたものの、何故か雨さんのことを呼び捨てには呼べそうにない。かと言って、ちゃん付けも少し躊躇う。
それは、紛れもなくあの言葉に染まる雨さんを見たからだろう。
少なくとも今は、尊敬の念を含めて『雨さん』呼びしか出来そうもない。
「いや、しばらくは雨さんって呼びます」
「そう?アキラくんがいいのなら」
俺はそのまま『雨さん』と呼ぶことにした。
その流れでお互いの自己紹介で話に花が咲いた。
俺は総和大学教育学部教育学科、雨さんは文学部文化・教養学科だった。総合大学だから理系の学部もあるが、雨さんが文系を選ばないはずがないと予測したのは見事に当たったことになる。
でも、文化・教養学科と言うのは少し意外だった。人文学科のような、完全に言葉の世界に進むものだと。
さすがに、まだ出会ってから2回目の会話でそこまで深入った話は出来ないし、深入りしようとも思わない。
いつか、聞けるような仲になれたら。なんて願望は、今の俺には欲張りだ。
「雨さんは、兄弟はいるの?」
「うん、上に兄が一人。凌っていうの。二人合わせて凌雨。涼しく感じる雨のことをいうの。素敵でしょ?」
「へえ、知らなかった。素敵な名前だね」
「ありがとう。でも、暁って名前も素敵だと思うよ。夜が明ける、一日の始まりの時間でしょう?」
雨さんにそう言われると、自分の名前が誇らしく感じられた。不思議だ、考え方や言葉一つでこんなにも印象が変わるなんて。
ますます、言葉の世界に惹かれていく。
そして雨さんにも。
「明日雨降らないかなあ」
でも今は。木漏れ日の中、きゅっと目を細めて微笑みを浮かべる彼女の隣で話せるだけで、俺は十分です。


 ○


「雨さん、おはよう」
「おはよう、アキラくん。雨、降ったね」
翌日、ようやく神様は追い風を吹いてくれた。心の中のフレフレ坊主がニンマリと笑う。
雨さんはいつもの定位置ではなく、二人掛けの椅子に腰を下ろした。遠慮がちに、俺もその隣に腰を下ろす。
ただの話し相手としてでもいい、雨さんも雨が降ることを少しでも願っていてくれたなら、ただ幸せだ。