「主様、お料理をお持ち致しました」

 慣れない天空の城の厨房でどうにか料理を作った私は、冷めないうちに主様の元へと運んだ。厨房も驚くほど大きく、大概のものは用意されていた。料理人としては最高の職場だ。

「まぁ、何かしら」

 主様が少女のような可愛らしい微笑みを浮かべ、いそいそと近づいてくる。
青さんも傍らで見守っている。主様のことが心配でたまらないといった様子だ。うやうやしく料理をお出しすると、主様はすぐに「まぁ」と声をあげた。
出した料理は、白い蓋つきの器ひとつだけだったからだ。

「おい、鈴珠。これは一体どういうことだ。主様の料理が一つだけだなんて」

 青さんが不満の声をあげる。わからないでもないが、ここは料理人である私の話を聞いてほしい。

「おそれながら申し上げます。主様は御体が衰弱しておられます。その状態で
豪華な食事はかえって体に毒です。今は滋養のある食べ物で体を休められたほうがよいかと思います」

 主様は頷き、白い器の蓋をあけた。その途端、何ともいえない優しい香りが主様の鼻をくすぐる。器の中にあったのは、うっすら茶色い色の、地味な見た目の(スープ)だ。

「これは椎茸の蒸しスープね」
「椎茸だと? まさかそんな貧相なものをお出しするとは。見損なったぞ」

 文句を言い続ける青さんをよそに、主様は匙でスープをそっとすくい取り、口へ運ぶ。

「美味しい……! それになんて芳醇な香りなの。これは見た目に反して手間がかかるスープなのよね」
「ご存じなのですね。時間はかかりますが、滋養があって美味しいスープですし、体も温まります」
「ありがとう、鈴珠。食事がこんなに美味しいと思ったのは久しぶりだわ」
「もったいないお言葉です」

 椎茸のスープと饅頭で食事を楽しむ主様を見守っていると、青さんが私に話かけてきた。

「おまえは不思議な女だな。最初は混乱していたのに、料理を始めた途端、変わった。全く見事なものだよ」
「いいえ、これが私の仕事ですから」
「おまえさえよければここで働かないか? 賃金も出してやれるぞ?」
「本当ですか?」
「ああ、おまえなら大歓迎だ」

 こうして人知れぬ天空の城で働くことになった私だが、料理人として働けるなら大歓迎だ。うん、そういうことにしよう。


        了