「おはよう、お父さん」
「おはよう、千佳」
朝七時。パジャマから制服に着替えて二階の自室から居間にやって来ると、既にお父さんが朝食の支度をしてくれていた。
ほかほかと湯気の立つご飯とお味噌汁、ハムエッグにサラダがちゃぶ台に並ぶ。
座布団の上に座り、いただきますと手を合わせて、朝食を食べ始める。
「お兄ちゃんは寝たの?」
「そうだね。いつもみたいにお弁当は置いてあるよ」
「ふーん……」
台所のテーブルの上には大判のハンカチでくるまれたお弁当箱とお茶が入っている桜色のタンブラーが置いてあった。
兄の活動時間はもっぱら夜だ。
午後八時を過ぎた頃から動きが活発になり、皆が起きだす朝方までに活動を終える。まるで夜行性の動物のような生活を送っている。お弁当を作るのは私が起きてくる前だ。
夜中に台所に立ち一通りお弁当箱に詰めてから眠るというのがお決まりの生活パターンだ。
朝食は食べない。起きるのは大体お昼過ぎで、ワイドショーを一通り巡回して夕方からもうひと眠り。
……全く、良いご身分で羨ましい限りだ。
「ごちそうさまです」
食べ終わった食器をシンクに置くと、私は洗面所に向かった。
昨夜のうちにタイマーを掛けておいたおかげで、洗濯は既に終わっている。
締め切り前で忙しい時以外は、父が朝晩の食事の支度をしてくれるその代わりに、洗濯は私の担当だ。
同じ洗濯機で洗いたくないとか子供のようなことは言わないが、十年離れて暮らしていたおかげで、下着を洗ってもらったり、干してもらうのは気が引ける。自分が他人の下着を洗う分には構わないんだけどね。
(一体、どこでこんな変なパンツを買ってくるのよ?)
私は洗濯機の中からフロント部分に大きな富士山が描かれた珍妙な柄のトランクスを取り出すと、そのまま洗濯籠の中に放り投げた。
テレビで今日の天気が晴れだということを確認し、自分の下着以外は庭に設置してある物干し竿に干していく。
庭は日当たりが良いので、夕方帰って来る頃にはいい塩梅に渇いている。
雨の日が降りそうなときはお父さんが室内に取り込んでくれるから、干しっぱなしでも特に心配はいらない。
「いってきまーす」
洗濯物を干し終えると兄が作ってくれた弁当を携え学校へと向かう。学校までは家から徒歩十分ほどである。
もともと通っていた私立校は、今の家から通うには遠すぎたので、近所にある高校を受験した。中学卒業までは父が車で送り迎えしてくれたが、流石に更に三年間も同じようにするのは気が引けた。
校舎は割と綺麗だし、校則も緩め。柄の入っていない紺色一色の制服はどうかと思うけど、公立高校なんてみんな似たり寄ったりだろうから不満はない。
猪倉家で暮らし始めてから早半年。
父は優しく、うっすらある思い出の中とさほど変わりがないように思える。
激変したのは兄の方だ。
あんなにちゃらんぽらんな男だと葬式の時にわかっていたら同居を考え直していたかもしれない。