ゆるりと視線を机の上に戻す。除光液を使って何十分もかけて丁寧に丁寧に消したのに、それでも消えてくれなかった、マジックペンで書かれた文字。私はそれをじっと睨みつけ、鞄を置き直して視界から閉め出した。
 俯いた視界の端で、クラスメイトたちが蠢いている。でも、誰ひとり私に声をかけてきたりしない。視線さえ向けられることはない。
 いつものことだった。私はきっと今日も、誰からも話しかけられることも、目を合わせることもない。一日中、始業から終業まで、放課後になってもだ。
 私が息を殺しながら学校生活を送っている理由。それは、六月の“あの日”からずっと、クラス中から無視されていることだった。
 無視されているのに、いつも不穏な気配が私を取り巻き、誰とも目が合うことはないのになぜか見られている気がする。私がなにか目立つような動きをすると、どこからかくすくす笑いが聞こえてくる。でも、振り向いても、誰も私を見てなんかいない。
 私は一年A組の幽霊だ。
 いるのに、いない。確かに私はここにいるはずなのに、誰からも存在を認められない。
 でも、と私は口許を歪める。
 でも、こんなことがなんだっていうの? 心の奥から問いかける声がする。あなたの八十年の人生にとって、たったの三年間過ごすだけの学校で、少しくらい上手くいかなかっただけで、なにか問題がある? 別に誰とも話さなくたって、なにも困らないでしょう。事実、あなたはこの三ヶ月、誰とも話さずに、それでもなんの問題もなく学校生活を送れていたんだから。
 そうだ、と私は頷く。別にかまわない。なんの問題もない。
 無になればいい、心を殺せばいいのだ。きつく目を閉じて、ぎゅっと耳を塞いで。深く深く息を吸って、細く長く吐き出して、酸素が頭のてっぺんから爪の先まで染み渡るように深呼吸をする。そうしたら、ほら、酸素はきっと私の心を凪の海のように平坦にしてくれる。
 そんなことを考えているうちに、いつの間にか授業が始まり、終わり、また始まって終わって、放課後になっていた。担任が連絡を終えたと同時に、帰りの挨拶もそこそこに、私はいつものように俯いたまま足早に教室を出た。