「蓮は雪香の都合ばかり押し付けて私の気持ちを無視してる……ちゃんと話を聞いて、私の想いを少しでも理解していたらそんな行動はしないでしょ?」
「それは……」
「雪香についてはミドリから少しだけ聞いた……家を追い出されても彼と別れないそうだね」
「あいつに会ったのか?」

 顔色の変わった蓮に、頷いた。

「ミドリは状況を教えてくれたの。散々巻き込んだから知らせないといけないからって……険悪な関係だった私を気遣ってくれた」

 ミドリよりも近い存在だと信じていた母と蓮は、何も気遣ってくれなかったのに

「雪香はこの先大変だろうけど、彼も蓮も母も居る。私が拒絶したって一人じゃ無いじゃない……」

 支え守ってくれる人がいる。

「雪香の望みを叶えようとする蓮の行動が、私をこれ以上ないくらい不快にさせた……雪香が帰って来た時点で蓮は私を切り捨てたんだよ。だから平気で無神経な発言が出来る」
「切り捨ててなんか無い! 思い込みで話を進めるな」

 それまで無言だった蓮が、焦って声を荒げる。

「思い込み? 真実だと思うけど。どっちにしろ、蓮とも関わるのはこれで最後にする……今までありがとう」

 蓮は信じられないといった様に目を見開いた。

「沙雪……」

 彼は言葉を探しているようだけれど、結局何も出て来ないようだった。
 蓮を見るのはこれで最後かと思うと、上手く呼吸が出来ないような息苦しさが襲って来る。

「さよなら」

 未練を断ち切る様に言い、蓮に背中を向けてそのまま立ち去った。


 蓮と長く話し込んでしまったのに、同僚たちは帰らずに待っていてくれていた。

「倉橋さん大丈夫? 気分悪い?」

 先輩が心配そうな顔をして聞いて来た。

「いえ、大丈夫です。すみません遅くなって」

 待っていてくれる人がいた。その事実が今の私にとっては、たまらなく嬉しかった。

 蓮とのやり取りで、傷付いた心が癒やされる気がした。

 直樹が雪香を選び去って行った時は、もう誰とも関わりたくないと思った。
一人の方がいいと思った。
 でも今は、不思議とそうは思わなかった。
 この瞬間だけでも私は一人じゃない。安心して涙が零れそうになった。


 リーベルを出て、また連絡をする約束をして別れた。
 終電には間に合わなかったので、別ルートで帰る。
 途中からはタクシーを使い、やっとアパートに辿り着いた時には、深夜の二時を過ぎていた。