「沙雪の言う通り、私は蓮や周りに頼ってばかりだったけど、これからは変わりたいと思ってる」
「そう、それなら二度と私の名前を使ったりはしないで」

 素っ気なく言うと、雪香は私から目をそらした。

「それについては、本当に悪かったと思ってるの」
「もう今更いいから、早く帰って」

 また話が元に戻りそうでうんざりした。
 でも雪香は気が済まないようで、早口で訴えて来た。

「本当は以前にも一度来たの、沙雪に事情を話して謝りたくて……でもこの部屋の前に来たら怖くなって引き返してしまった。沙雪が怒るのは分かってたから。今日蓮について来てもらったのはまた逃げ出さないように見ていてもらいたかったの」
「そんな話信じられない」

 私がそう呟いたのと同時に、聞き慣れたクラッシック音楽が耳に届いた。
 三神さんが帰って来たのだろう。 
 揉め事を聞かれたくなくて、雪香と蓮に早く出て行ってもらおうと考えてると、雪香が三神さんの部屋の方に目を向けた。

「この曲……」

 知っている曲なのか、興味を惹かれたように三神さんの部屋側の壁をじっと眺めている。

「前に来た時もこの曲が流れてた。沙雪の部屋の前で悩んでいる間、何回も聞いた」

 雪香の言葉に私は眉をひそめた。

「それっていつの話?」
「え……あの、半年以上前。沙雪がここに引っ越して来て間もない頃」

 その答えに、私は大きな溜め息を吐いた。雪香の嘘には、もううんざりだ。
 半年前、三神さんはこのアパートに住んでいなかったのだから、雪香がこのクラシック音楽を聞いているはずが無いのに。

「本当に大嘘つきね…… 今度は何を企んでる訳?!」

 軽蔑の目を雪香に向ける。すると雪香は信じられないといったように、目を見開いた。

「嘘なんてついてない、どうしてそんなこと言うの?」
「隣の人はね、最近引っ越して来たばかりで、半年前はいなかったの」
「え……でも、私は確かに……」

 雪香は困惑したように、視線を泳がせる。

「本当に雪香には呆れる。見え透いた嘘ばかりで。もう話したくないから早く帰って」

 雪香は泣き出しそうなのを堪えているかのように、唇をかみしめた。

「信用してもらえないのは自業自得だって分かってる。でも本当に嘘じゃないから」
「そう」

 冷たく聞き流すと、雪香は肩を落として蓮と共に玄関のドアを開け出て行こうとした。