早く安定した仕事を見つけて、そして引っ越しをしたい。
 今のアパートの部屋はとても気に入っているけれど、駅から遠いし周りの環境も良いとは言えなかった。
 それに秋穂や海藤に住所を知られているのも不安だ。
 この住まいから離れて、不安を無くし新しい気持ちで生活を始めたかった。


 仕事帰り、アパートの郵便受けに入っていた白い封筒を目にした私は、大きな溜め息を漏らした。
 差出人は数日前に面接を申し込んだ会社だった。中を見なくても内容は予想がつく。
 不採用通知だ。また駄目だったのだろう。
 暗い気持ちで部屋に向かおうとすると、背後から肩をたたかれた。
 思わずビクッとして振り返った先には、三神さんが佇んでいた。

「あ……三神さん」

 驚いた、人の気配なんて少しも感じなかったのに……ドキドキとする胸を押さえながら、なんとか笑顔を作る。

「倉橋さんも今帰り?」

 三神さんは屈託の無い笑顔を向けてきた。

「はい」
「そうか、最近は早いんだね」
「ええ、今の時期残業も無いので」

 それだけじゃなく、蓮に会わなくなったからだけれど、わざわざ言う必要も無いので黙っていた。
 アパートの外階段をゆっくりと上がる途中、ふと思いだした。

「三神さんってよくクラッシック音楽聞いてますよね、あれはなんて曲なんですか?」

 純粋な好奇心だったのだけれど、一瞬三神さんの表情に陰が出来た気がした。
 もしかして、聞き耳を立てていると思われた?
 失言だったかと慌てていると、三神さんが穏やかな声で問いかけて来た。

「倉橋さんはあの曲知らないのかな?」
「あっ……はい。クラッシックは殆ど聞かないから、でもどこかで聞いた気もするんです」

 三神さんの様子にとくに変わりはない。良かった気のせいみたいだ。
 今日は本当に神経が敏感になっている。

「……有名な曲だからどこかで聞いてるんだろうね」

 三神さんは前を向いたまま呟き、自分の部屋へと入る。結局、曲名は教えてもらえなかった。


 それから二週間後、二つの知らせが入って来た。
 一つは面接を受けていた会社からの採用通知。
 そしてもう一つはミドリからで、お兄さんと雪香が戻って来たという知らせ。
 ふたりは何日か前に戻って来ていて、取り調べを受けていたそうだが、雪香は横領に関係ないと証明され、今は家に戻って来ているという。

「知らせてくれてありがとう」

 ミドリにお礼を言い、電話を切った。