だからなかなか報告が出来ずにいた。彼はいつまでたっても音沙汰ないことに苛立って、連絡して来たのかもしれない。
 雪香の件、何て言おうか……憂鬱な気持ちになりながら応答する。

「はい」
「沙雪? 俺だけど……」

 予想に反して、直樹の声は穏やかだった。用件はクレームではない?

「……どうしたの?」

 私は用心しながら尋ねる。

「明日空いてるか? 話が有るから会いたいんだけど……」

 直樹は珍しく、遠慮がちに言う。

「話って何? この電話じゃ駄目なの?」

 出来れば会いたくない。

「大事な話なんだ。明日用事が有るのか?」
「今、就職活動してるから忙しくて……」
「就職活動? 今の仕事を辞めるのか?」

 直樹はなぜか私の転職話に、敏感に反応して来た。

「……すぐにって訳じゃないけど」
「それなら明日なんとか空けてくれよ。大事な話なんだ。沙雪の転職話にも少し関係して来る」
「私の仕事に?」

 ますます直樹の意図が分からなくなる。

「ああ、悪い話じゃ無いし心配しなくていいから」
「今言えないの? 気になるんだけど」
「大事な話って言ったろ? 都合つけろよ」

 警戒する私に、直樹は苛立ったような声を出した。

「何その言い方、頼んでるのは直樹の方でしょ?」

 直樹の態度に私も苛立ちを感じ、固い声を出した。

「……ごめん、でもどうしても早く話したいんだ」

 直樹がこれほど急ぐ話とは何なのだろう。
 雪香の関係だろうけど、私の就職に何の関係が?
 悪い話じゃ無いと言われても、素直に信用出来ない。

「沙雪?」

 黙ったままでいると、しびれを切らした直樹が呼びかけて来た……やけにしつこい。
 別れてからこんな事は初めてだ。断っても、食い下がられそうな気がする。

「……分かった。仕事帰り、前に会った店で」

 憂鬱な気持ちでいっぱいになりながら答えた。


 終業後、直樹と待ち合わせをしている店に向かった。

「お待たせ」

 窓際に座っている直樹を見つけ、近寄る。

「あ、思ったより早かったな」

 今日の直樹は機嫌が良いようで、私にも爽やかな笑顔を向けて来た。

「……残業が無かったから」

 答えながら直樹の前の席に腰掛けた。

 こうして直樹と向き合っていても、気持ちが乱れない。
 別れてから直樹に会う度に感じていた、悲しみや悔しさ、そういった激しい感情が今日は湧いて来なかいのことに驚いた。そんな心情を隠し直樹に問いかける。